長良川国際会議場 / 安藤忠雄 / 岐阜

「長良川国際会議場」(地図)は、岐阜県岐阜市の長良川の辺、長良川公園の西側に位置する国際会議場です。

設計は安藤忠雄氏、竣工は1995年。

長良川国際会議場 安藤忠雄

西側です。メインのアプローチ、エントランスはこちらから。

長良川国際会議場 安藤忠雄

屋上です。4つのガラスボックスは「市民ギャラリー」の上部になります。

長良川国際会議場 安藤忠雄

卵形のドームの内部には国際会議室があります。

国際会議場と施設の名称にありますが、国際会議室よりもメインホール(多目的ホール)の方が大きいです。

長良川国際会議場 安藤忠雄

北側のスロープです。先の方に進むと長良川、金華山が視界に拡がります。

長良川国際会議場 安藤忠雄

「市民ギャラリー」です。

長良川国際会議場 安藤忠雄

屋上に出る階段です。

長良川国際会議場 安藤忠雄

同じく屋上に出る階段を真下から。

長良川国際会議場 安藤忠雄

長良川側からの全景です。卵形のドームが印象的です。

ちなみに大きな階段の下部にメインホールが配置されています。

養老天命反転地 / 荒川修作、マドリン・ギンズ / 岐阜

「養老天命反転地」(地図)は、岐阜県養老町の養老公園にあるアート作品です。

広大な敷地に、荒川修作氏とマドリン・ギンズ氏の長年にわたる構想を実現した、他に類をみない回遊型・体験型のアート作品で、1995年の完成です。

養老天命反転地記念館・オフィス 荒川修作、マドリン・ギンズ

「養老天命反転地」に足を踏み入れて最初に見えてくる建物「養老天命反転地記念館・オフィス」です。

養老天命反転地記念館・オフィス 荒川修作、マドリン・ギンズ

「養老天命反転地記念館・オフィス」の全景。

養老天命反転地記念館・オフィス 荒川修作、マドリン・ギンズ

「養老天命反転地記念館・オフィス」の内部。

養老天命反転地記念館・オフィス 荒川修作、マドリン・ギンズ

同じく「養老天命反転地記念館・オフィス」の内部。

この記念館・オフィスも荒川修作氏、マドリン・ギンズ氏の設計で、デッサンやCGなどの作品も展示されています。

養老天命反転地 荒川修作、マドリン・ギンズ

メインパビリオンの一つ「極限で似るものの家」と言う名の作品。

屋根は岐阜県の形をしています。

内部は迷路のようになっていて、家具や住宅設備がランダムに配置されています。

養老天命反転地 荒川修作、マドリン・ギンズ

こちらもメインパビリオンの一つ「楕円形のフィールド」。

広大なフィールドの中に、「極限で似るものの家」を分割した9つのパビリオンが点在しています。

養老天命反転地 荒川修作、マドリン・ギンズ

「楕円形のフィールド」内のパビリオンの一つ「宿命の家」

養老天命反転地 荒川修作、マドリン・ギンズ

「楕円形のフィールド」の外周部に巡らされている溝状の通路。

東京駅丸の内駅舎 / 辰野金吾、葛西萬司 / 東京

「東京駅丸の内駅舎」(地図)は、東京駅の西・皇居側にある煉瓦造の駅舎です。

設計は辰野金吾氏、葛西萬司氏、竣工は1914年。

改めて述べるまでもなく、東京の陸の表玄関であり、辰野金吾氏の代表作の一つです。

太平洋戦争中、空襲で焼夷弾が命中し屋根が焼失するなどの大被害を受けました。

戦後に復旧工事が進められるも、工事を急ぐ必要もあり、応急的な工事で1947年に完成。

ミレニアム以降、東京駅及び界隈での大規模な再開発プロジェクトがスタートし、2007年駅舎の復元工事に着手。

2012年に駅舎の復元工事が完成、2017年までに駅前の広場なども整備され現在の姿に。

東京駅丸の内駅舎 辰野金吾、葛西萬司

駅舎の中央部です。

東京駅丸の内駅舎 辰野金吾、葛西萬司

中央部の玄関は皇室専用です。

東京駅丸の内駅舎 辰野金吾、葛西萬司

南側のドーム内部です。

東京駅丸の内駅舎 辰野金吾、葛西萬司

建物の左右にドームを持ってくるのは辰野氏によく見られる手法です。

竣工時は南側が乗車口、北側が降車口と分けられていました。

東京駅丸の内駅舎 辰野金吾、葛西萬司

北側のドームのアップです。正直、よく復元できたなと感動を覚えました。

東京駅丸の内駅舎 辰野金吾、葛西萬司

駅舎南側の端部です。

駅舎が大きく、端っこと言うことで目立ちませんが...

ドームと四角錐が並ぶ屋根、唐破風ぽい明り取りの小さな窓、壁面のデザインも良いなと思います。