修学院離宮 上離宮 浴龍池

修学院離宮の上離宮にある浴龍池は谷川をせき止めつくられた人口の池です。

島の形を泳ぐ龍の姿に見立てたものと言われています。

修学院離宮 浴龍池

隣雲亭から池の全景を。

修学院離宮 浴龍池 千歳橋

窮邃亭が建つ中島と万松塢に架けられた石橋「千歳橋」。

なぜかこの橋だけ中国風の意匠です。

修学院離宮 浴龍池

浴龍池の北端近く「三保ヶ島」。

修学院離宮 浴龍池

浴龍池の西岸から北岸を。

修学院離宮 浴龍池

窮邃亭が建つ中島と浴龍池の北岸に架けられた土橋。

修学院離宮 浴龍池

浴龍池の西岸から万松塢の先端、さらにその向こうに浴龍池の南岸。

修学院離宮 浴龍池

浴龍池の西岸から隣雲亭を望む。

修学院離宮 浴龍池

龍池の南岸から万松塢の先端部分を。

池の汀線の石組は皆無と言ってよく、歴史的な日本庭園というより現代の公園という印象です。

修学院離宮 上離宮 窮邃亭

修学院離宮 窮邃亭

浴龍池の中島の頂上に建つ宝形造り杮葺きの茶屋「窮邃亭」。

修学院離宮 窮邃亭

文政年間に修復工事があったものの、修学院離宮で創建当時の姿で現存する唯一の建物です。

修学院離宮 窮邃亭

十八畳の部屋と附属の水屋一間からなり、一部の畳を一段高くし上段を設けています。

修学院離宮 窮邃亭

特に外側からはわかりにくいのですが、水屋以外の四方に開口部が設けられた開放的な建物です。

修学院離宮 上離宮 隣雲亭

上離宮は、浴龍池を中心にした回遊式の庭園がある修学院離宮のメイン・エリアです。

修学院離宮 隣雲亭

「隣雲亭」は御成門入って続く石段を上り頂上に建つ建物です。

現在の建物は1824年の再建。

池に面する西側は、装飾のない六畳の一の間と三畳の二の間と板の間で構成されます。

浴龍池と庭園を観賞するためだけに建てられた簡素な建物です。

修学院離宮 隣雲亭

隣雲亭で見つけた唯一の装飾的な要素、鴨居の釘隠。

修学院離宮 隣雲亭

一の間の北側にある板の間は「洗詩台」と呼ばれ、部屋の三方を開放することが可能です。

修学院離宮 隣雲亭

軒下の土間には、小石が一つ・二つ・三つと埋込まれていて「一二三石」と呼ばれています。

修学院離宮 隣雲亭

隣雲亭から浴龍池と庭園を見下ろす修学院離宮定番の光景。

修学院離宮 中離宮 楽只軒・客殿

中離宮には庭園と二つの建物「楽只軒」、「客殿」があります。

修学院離宮 中離宮

中離宮への入口となる門。

今までに一番の感動を覚えた名栗の仕上げ。

修学院離宮 中離宮 楽只軒

「楽只軒」は1668年(またはその前年)に創建された光子内親王のための最初の建物です。

修学院離宮 楽只軒

写真の奥の部屋は二の間で龍田川の紅葉、手前の一の間には吉野山の桜が狩野探信により描かれています。

楽只軒の意匠・構造は大変簡素で、他に特別な装飾などは見られません。

修学院離宮 客殿

楽只軒と階段で結ばれた「客殿」の一の間に設けられた飾り棚。

5枚の棚板が霞がたなびいているように見えることから「霞棚」と呼ばれています。

客殿は1682年に光子内親王のために女院御所の奥対面所から移築されたものです。

修学院離宮 客殿

南側の畳縁の杉戸に描かれた鯉と鮒。

夜になると魚が戸から飛び出して、池で泳ぐため、戸全体に網が描き足されたとのこと。

魚の筆者は不明ですが、網の絵は円山応挙の作と伝えられています。

修学院離宮 客殿

客殿の外側に回された「網干の欄干」と呼ばれる低い手すり。

漁村で網を干した形を斜めの材を組み合わせて表現しています。

修学院離宮 下離宮 寿月観

比叡山の麓、東山連山の山裾の広大な敷地に造られた「修学院離宮」(地図)。

京都御所・仙洞御所・桂離宮などと共に、宮内庁が管理する皇室用財産です。

修学院離宮

下離宮への入口となる「御幸門」。

ここからさらに中門を抜けると庭園が広がり、杮葺入母屋数寄屋風造の「寿月観」の前に出ます。

修学院離宮は上・中・下の三つの離宮(御茶屋)からなり、下離宮は上離宮への拠点となります。

修学院離宮

庭園内に設けられた袖形灯籠。

修学院離宮 寿月観

寿月観の一の間の床・琵琶床・飾棚。

原在中によって、飾棚の戸袋には鶴、地袋には岩と蘭が描かれています。

なお、現在の寿月観は文政年間に再興されたものです。

また、創建時には彎曲閣と呼ばれた最大の建物があり、寿月観と共に相当のもてなしが可能であったとのこと。

修学院離宮 寿月観

床の向かって左手側にある四枚の襖には、岸駒により虎渓三笑の絵が描かれています。

修学院離宮 寿月観

一の間の襖の鴨居の釘隠。

修学院離宮 寿月観

一の間の襖の引手。